2011年11月15日火曜日

枝雀さんの「青菜」

今でもその気持ちというか方針はかえていませんが、演者自身の気に戻ってサゲのセリフを言いたくなる気持ちもわかるような気もしてきました。サゲの目的は結局「だましたんですよ」で終わるためのものですから、登場人物から演者に戻ったほうがわかりやすいんですね。つまり最後のセリフの内容によるサゲに加えて演者に戻るという形式的なサゲの二重のダメ押しになるわけです。
むかしむかしの噺家の小咄というのはこんな型だったんでしょうね。それがだんだん演劇的になってきて、落語のサゲもコントのサゲと同じような演法になってきたのだと思います。

真面目人間の枝雀師匠らしい分析ですね。カタログギフト